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LAUGHIN’ NOSE

LAUGHIN’ NOSE

フラストレイション/BORN TO THRASH
【LAUGHIN'NOSE】
81年、大阪で結成されたLAUGHIN'NOSEは、自らが主宰するから「ゲット・ザ・グローリー」を投下。汚い/うるさい/怖い、と三拍子そろったディスチャージ流れのハードコアでシーンを激震させた。そして、チャーミー(vo)/PON(b)/ナオキ(g)/マル (dr)の最強ラインナップとなった後の84年、ハードコア一本槍の音楽性にポップ感を加えた名曲「I can't trust a woman」を生み出す。まさに、このナンバーこそ、90年代以降のロック・シーンを席捲するメロコア(メロディックなハードコアってなんのこっちゃい!)の先駆けといっても過言ではなかろう。85年、メジャー進出。さらにキャッチーなテイストを増幅させ、大きな支持を獲得する。しかし、チャーミーを除くメンバーが次々と脱退(PONとナオキはコブラ結成へ)。活動を続けるものの、バンドとしての精彩を欠いていき……91年解散となる。だが、時を経て 94年、チャーミーとPONを主軸に復活を果たす。常に時代に敏感な彼らは、ロックンロール色を強めたスピード・ハードコア・チューンを呈示。キッズたちにジャパニーズ・ハードコア・オリジネーターのパワーをみせつけたのである。「どないやぁ~、みんな元気かぁ~」--21世紀も合言葉は"ゲット・ザ・グローリー"だ。

1981 年12月、大阪で結成。日本に確たるハードコアパンクシーンが形成される以前から、その中心的バンドとして活動していた。バンド名の名付け親は初代ギタリストのアカベー。当初のカナ表記は「ラフィー・ノーズ」であった。

轟音、粗暴、ノイジーなハードコアパンク界にあって、いち早くポップセンスを取り込み、その単純明快な楽曲は若者の絶大な支持を得た。メジャーデビュー前である1980年代前半から、THE WILLARD、有頂天と並び、『インディーズ御三家』といわれる程の人気を博した。この『インディーズ御三家』という名称こそが、現在日本語として『インディーズ』という単語が浸透するきっかけとなっている。また自分達でレーベル(レコード会社)『AA レコード』を設立し、そこから音源を発売していた。海外のパンクバンドでは定石となっていた手法ではあるが、当時の日本では珍しいものであった。

1985 年4月28日、新宿スタジオアルタ前にて自分たちの作品が収められたソノシート(聖者が街にやってくる)を事前に無料配布告知したところファンおよそ1300人が集まり、全国ニュースでも取り上げられ話題となる。また、メジャーデビュー1か月前の10月26日、日比谷野外音楽堂でのライブで4000人を超えるファンを動員した。同年11月21日、VAPよりメジャーデビュー。

順調な活動を続けていたさなかの1987年4月19日 日比谷野外音楽堂でのライブ中、ステージに詰め掛けたファンが将棋倒しになる事故が発生。バンドは責任を取る形で一切の活動を停止(当時アール・エフ・ラジオ日本で放送されていた出演番組も降板打ち切り)。しかし多くのファンの後押しにより活動を再開する。またこの時期に「VAP」から「東芝EMI」にレコード会社移籍。1989年、PON(Ba.)とNAOKI(Gu.)が脱退し COBRAに参加、新メンバーにBELLEY(Gu.)とWANG-TANG(Ba.)が加入。

その後はCHARMYのステージ上での怪我、メンバーの不祥事、MARU(Dr.)の脱退等もあったが、サポートメンバー(HIROKI)を迎え全国ツアーを展開するなど活動していた。

1991 年、新アルバム発売後の全国ツアーを経て、各地のイベント出演後にバンドは一旦解散。

1995 年、PONが復帰し約3年半ぶりに活動を再開。1月 8日、旧新宿ロフト(西新宿)で再始動ライブ(メンバーはCHARMY、AKIO、PON、WANG-TANG)を行い同時に自主レーベル『Letsrock・ AAレコード』も復活させる。同年7月、AKIO(Gu.)がVANILLAのメジャーデビューに伴い脱退、約4年ぶりにBELLEYが復帰加入。

1997 年、WANG-TANG(Dr.)が脱退し、KENJIが加入(KENJIは2001年まで在籍し、後任にYOSSYが加入)。

1998 年、BELLEYが脱退し、THE RYDERSに加入。トレードの形となり、THE RYDERSで活動していたKASUGAが加入。

2004 年10月30日 17年ぶりに日比谷野外音楽堂でライブを行う。1987年事故当時のメンバー(NAOKI、MARU)もゲストとして参加した。

2006 年、YOSSYが脱退。1980年代にTHE WILLARDのドラマーとしても活躍していたKYOYAがサポートメンバーで参加し、その後正式に加入。

2007 年9月24日 日比谷野外音楽堂のライブ『ラフィン祭り』ではメジャー時代に在籍したメンバー(NAOKI、MARU、 BELLEY、WANG-TANG)がゲストとして参加。第2部では約17年ぶりに、SIXTEEN期メンバー(CHARMY、BELLEY、WANG- TANG、MARU)が揃い演奏。この日のラストナンバー「GET THE GLORY」は当時のメンバー(CHARMY、KASUGA、PON、KYOYA)がゲスト4人と共に演奏、「ラフィン・オールスターズ」とファンが一体となり大変な盛り上がりとなった。

2008 年4月、KASUGAが脱退。翌5月、THE RYDERS脱退後、フリーで活動していたBELLEYが約10年ぶりに復帰加入。現在のメンバー構成となる。

現在も新曲の発売、ライブツアー、イベント参加、グッズ販売等、ライブハウスを中心に精力的な活動を続けている。

レーベル
* AA RECORDS : 結成-1985年
* VAP : 1985年-1987年
* 東芝EMI : 1988年-1991年
* Letsrock : 1995年-

ラフィン 試聴

LAUGHIN'NOSE

ラフィンのアルバム紹介(年代順)
* PUSSY FOR SALE
 (1984年11月10日)
* NEVER TRUST WOM
 (1985年8月)
* LAUGHIN’ NOSE
 (1985年11月21日)
* SOS (1986年4月10日)…ミニアルバム
* LAUGHIN’ ROLL
 (1986年12月1日)
* MEAT MARKET
 (1988年3月5日)
* ALBUM SIXTEEN
 (1990年2月21日)
* PUNK IT UP
 (1991年4月12日)
* LAUGHIN' CUNTS UP YOUR NOSE
 (1995年2月13日)
* IF YOU DON'T MIND PLEASE LAUGH (1995年12月1日)
* A SAIN REVOLUTION (1996年12月1日)
* GO FOR IT (1998年12月25日)
* ブットバセ (2001年4月20日)
* LAUGHIN' ROLL (2001年11月30日)…新録
* COME COME COME (2002年12月25日)…ミニアルバム
* Get Set Goal
 (2004年5月17日)
* AM A LIVE
 (2006年6月26日)
* REGENERATION
 (2009年1月25日)

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Amazon(unbalanceu)LAUGHIN’ NOSE

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